東京高等裁判所 昭和31年(ネ)2428号 判決 1958年5月20日
小松川信用金庫
第一相互銀行
事実
被控訴人(一審原告、勝訴)小松川信用金庫は昭和二十六年三月五日訴外高木丸吉に対し金二十万円を弁済期同年九月四日の約束で貸しつけ、これを担保するため同人所有の家屋一棟につき抵当権設定契約及び右債務を弁済期に弁済しないことを停止条件とする代物弁済契約を締結し、同日右抵当権設定登記及び停止条件付代物弁済による所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。しかるに高木は弁済期になつても右債務を弁済せず、猶予を求めたので、被控訴人は昭和二十九年三月四日まで弁済期を猶予したが、ついに履行をしなかつたので、被控訴人は同年六月一日同人に対し書面を以て本件家屋の所有権が被控訴人に移転した旨の通知を発し、同書面は同日同人に到達したので、本件建物は被控訴人の所有となつた。ところが訴外高木は本件家屋につき控訴人株式会社第一相互銀行のため昭和二十七年十一月十三日付を以て根抵当権設定登記及び賃借権設定請求権保全の仮登記をなした。しかしながら、控訴銀行の右各登記は何れも被控訴人が停止条件付代物弁済による所有権移転請求権保全の仮登記をした後になされたものであるから、控訴人は右各登記をもつて被控訴人に対抗することができないものである。よつて被控訴人は控訴人に対し右各登記の抹消登記手続を求めると主張した。
控訴人第一相互銀行は、仮りに被控訴人と訴外高木との間に被控訴人主張のような金円消費貸借契約及び条件付代物弁済契約が締結されたとしても、金二十万円の債権で実測約四十坪の本件家屋につき後順位の抵当権者があるにも拘らず、条件成就後に支払猶予を繰り返し、漸く二年八月を経過した後に代物弁済による所有権取得の意思表示をなすことは権利の濫用であつて無効であると抗争した。
理由
証拠を綜合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、被控訴人小松川信用金庫は昭和二十六年三月五日高木丸吉に対し金二十万円を貸与したが、その担保として高木所有の本件建物に抵当権を設定する契約をなすとともに、右債務を弁済期に弁済しないときはこれを停止条件とする代物弁済契約を締結し、同日抵当権設定登記並びに停止条件附代物弁済契約による所有権移転請求権保全の仮登記を了した。ところで訴外高木は弁済期に債務の支払をすることができなかつたので、昭和二十九年三月四日まで支払を猶予したところ、同訴外人は右猶予期限をも徒過したので、被控訴人は同年六月一日同訴外人に到達した内容証明郵便を以て代物弁済として本件建物の所有権を被控訴人において取得した旨の意思表示を同訴外人に対してなした。
これら認定事実よりみると、昭和二十九年六月一日限り本件建物の所有権は被控訴人に移転したものといわなければならない。
控訴人は、訴外高木が弁済期に債務の支払をしなかつたから停止条件附代物弁済契約の条件は成就したのに、被控訴人はその後同訴外人に対して債務の支払を猶予したのであるから、被控訴人は本件建物につき所有権取得の権利を放棄したものであると主張するけれども、証拠によれば、被控訴人と高木との間に昭和二十六年三月五日締結された停止条件附代物弁済契約は、双方の合意によつて消費貸借の弁済期だけが同年九月四日から数回変更された上、最後に昭和二十九年三月四日と定められたもので、停止条件附代物弁済契約そのものは依然として存続されていたものであることが認められる。控訴人の右主張は採用できない。
次に控訴人は、被控訴人は金二十万円の債権で実測約四十坪の本件建物につき後順位の抵当権者があるにも拘らず条件成就後に支払猶予を繰り返し、二年八カ月を経過した後代物弁済による所有権取得の意思表示をすることは権利の濫用であると主張するので判断するのに、前記認定の停止条件附代物弁済契約が信義則等に違反すると認めるべき証拠はなく、また前記認定のとおり右停止条件附代物弁済契約による所有権移転請求権保全の仮登記がすでになされている以上、後順位の抵当権者が条件成就後の所有権取得者に対して自己の抵当権を以て対抗し得ない破目に陥つても、このことは仮登記制度上当然のことであり、更にまた債権者が右控訴人主張のとおり条件成就後に債務の支払猶予を繰り返し、二年八カ月を経過した後代物弁済による所有権取得の意思表示をしたとしても、それは当然債権者の権利の行使として是認されるところであるから、控訴人の右権利濫用に関する主張も採用できない。
よつて控訴人に対し、控訴人が本件建物についてなした根抵当権設定登記及び賃借権設定請求権保全の仮登記の抹消を求める被控訴人の請求は理由があり、これと同旨に出た原判決は相当であるとして本件控訴はこれを棄却した。